春の「酒坊~多満自慢」にて想う、無理に頑張らない人生100年構想

 昨年10月の入国規制緩和によって海外からの訪日個人旅行が解禁され、日本国内でも全国旅行支援が実施されるなど、コロナの動向には依然注意が必要ながら旅行への機運は日に日に高まっています。  中でも、今年に入ってからニューヨーク・タイムズが発表した「2023年に行くべき世界の52か所」の第2位に岩手県盛岡市が入るなど、日本独特の食や文化を楽しめる旅が人気のようです。  東京の福生市に江戸時代から続く蔵元「石川酒造」の敷地内にある「酒坊〜多満自慢(しゅぼうたまじまん)」も、そんな日本らしさを満喫できるゲストハウスのひとつです。  今回はその施設のマーケティング活動をサポートしているニューホライズンコレクティブ(以下NH)メンバーの久具潤一郎さんに、ご自身の仕事観やライフシフト観を伺いました。 写真:「酒坊〜多満自慢」のエントランス

kuguto
プロデューサー、プロジェクトマネージャー

久具潤一郎

久具潤一郎さんのプロフィール:
ビジネスプロデューサーとして、丁寧な作業と迅速なレスポンスを常に心掛けています。集中力高く、ストイックに業務に取り組む、どちらかというと職人タイプかもしれないですね。電通ではBP営業経験が長く、一通りの業務はこなせますが、金融クライアントとブランド/CI領域の経験が豊富です。

小規模の顧客も大規模事業者と同じマーケティング課題を抱えている

 −酒房〜多満自慢の作業では、どのようなサポートをしているのですか? 「こちらではまず、2021年の開業に合わせてロゴ制作のお手伝いをしました。その後はアドバイザリー契約を結び、プレスリリースの発行や、麹を使った「生化粧水」作り、宿泊客を対象としたテントサウナや自転車ツアラー向けの催事といった各種イベントの実施・運営上の課題を抽出したり、提供する料理のメニューやプライシング等のマーケティングサポート、ゲストハウスとしてのサービスレベルの向上、若いスタッフの皆さんの支援などを、毎月の定例ミーティングを中心にお手伝いしています」  −どのような経緯でこの仕事を引き受けるようになったのですか? 「私がまだ電通にいた頃、こちらの北村公克社長の知遇を得ました。北村社長は発酵・醸造食品機器、材料、薬品の販売などを本業とされていますが、本業と密接な関係がある日本酒業界への貢献を考え、このようなゲストハウスを構想していらっしゃることを耳にしていたので、できればお手伝いしたいと考えていました」  その後、ゲストハウスの構想もいよいよ実現に向けて動き出します。しかしまさに開業を目前にしたところで、世界は新型コロナのまん延に見舞われます。日本も海外からの入国が制限され、開業も延期せざるを得ませんでした。  一方で久具さんはその年末に電通を退職。独立したこともあって開業に向けた業務を正式に受注し、じっくり課題に取り組むことができました。それはとても充実した時間だったと振り返ります。 「まずは好きな人とストレスなく働く環境がとても快適でした。仕事内容についても、例えば小さなゲストハウスでもそこを訪れる旅行者や宿泊者はホテルなどと同等のサービスを求めるものであり、その意味では小規模の顧客も大きな事業者も同じマーケティング課題を抱えているので、非常にやりがいがありました」 「むしろあのまま会社に残っていたら、ここまでサポートを続けられたか分かりません。予算も限定的ですから、会社の仕事とは一線を引いて個人としてボランティア的に関与するのが精一杯だったかも知れません」(久具さん)

海外の人に日本で本物の日本酒や和食に触れてほしい、との思いから開業

 この日は定例ミーティングがあるということで、館内には代表の北村社長の姿もありました。北村社長にもお話を伺ってみました。  −どのような経緯で「酒坊~多満自慢」をオープンしようとお考えになったのですか? 「発酵・醸造関連の機材を扱う仕事柄、私は日本酒業界の課題と向き合ってきました。当時は日本酒業界が不振で、それを受けて最初は日本酒のアウトバウンド(海外展開)を考えました。しかし実際に現地に行ってみると、まず温度管理などお酒の管理がされていないことが多く、さらに日本企業や日本人による経営ではない業態も多いため、日本の食文化からほど遠いといった内容のものも少なくありませんでした」 「そこで、海外の人には日本国内で日本酒を味わってほしい、本物に触れてほしいという思いを強くし、6年ほど前にこのゲストハウスを構想しました。そしてコロナ禍などもありましたが、石川酒造の敷地をお借りして2021年7月に開業しました」  ご案内頂きながら施設の内外を歩くと、柱や梁をそのまま生かしたシンプルで明るい館内には宿泊者や利用客同士の会話も弾みそうな開放感があり、またカプセルのドミトリーや2人用のこぢんまりした和室などは杜氏部屋のようで、全体として蔵元の醸造場の建物のような印象を受けました。  和食体験としては、西多摩の大自然で育った食材を使用したおばんざいやせいろ蒸しなど自慢の逸品や、石川酒造の日本酒「多満自慢」を各種飲み比べることができるほか、石川酒造の人気クラフトビール「東京ブルース」も堪能できます。 写真:石川酒造の人気クラフトビール「東京ブルース」

 北村社長に今後の展望を伺います。 「ようやくインバウンドも戻り始めていますが、そうなると今度は認知度がテーマになってきます。このあたりは蔵元も多く古い街並みが残っているうえ、散策しながら多摩川の四季を楽しむこともできます。一方で付近には米軍横田基地もあり、アメリカの文化も身近にあります。どうか1週間ぐらい滞在してこの一帯を満喫して頂けるような、そんな西多摩の魅力を発信していきたいです」  久具さんの仕事ぶりについても伺ってみました。 「久具さんには、やはりフットワークの軽さを感じますし、色々きちっとしてもらって感謝しています。ここ(酒坊~多満自慢)以外の仕事でもお付き合いをしています」 写真:(株)北村商店の北村公克社長

人生100年時代を「数年ごとの変化の連続」と捉える生き方

 一方の久具さんもさぞかし意欲的に抱負を語るものと思いきや、意外にも久具さんから聞こえてきたのはかなり肩の力の抜けたコメントでした。 「現在のところ、ものすごく一生懸命仕事をしようとか、とにかく何か新しいことを始めようとか、人生100年の礎石を作ろうといったことは考えていません」  一体どういうことなのでしょうか?  久具さんがライフシフトを決意するにあたっては、自身やご両親のライフステージとしての「現在」を重視したことが大きかったといいます。2020年に電通がライフシフトプラットフォームを立ち上げて早期退職者を募集したとき、まず福岡県にいる両親のことが頭をよぎった、と久具さんは振り返ります。  両親は二人とも高齢で体も弱くなっており、できれば近くにいてあげて面倒を見たい。NHメンバーになることで、生まれ育った福岡に貢献できるような仕事をしながら両親との時間を持つというライフスタイルが可能になるのではないか?  そして何より、自分の人生の中でそれができるのは「今」しかないのではないか?  NHメンバーとしての独立・起業にあたっては、いったんは福岡に住むことも検討したという久具さんですが、結局ご両親が東京に越してくる形で近所に暮らすことになりました。 「人生100年時代といわれますが、それは50年、100年という長いスパンの人生設計をすることばかりではなく、数年単位の変化の連続という形であってもよいのではないかと思っています。例えば年月が経てば、残念ではありますが両親のサポートをする必要がなくなる日が来るかも知れません。そうなった時にまた改めて、どこに住み、どんな仕事をし、どう生きていくのかを考える……そんなライフシフトもあるのではないかと思っています」(久具さん) 写真:久具潤一郎さん

発酵という日本文化を伝道する企画者でありたい

 それでも今後力を入れたいと思っている仕事を聞くと、今回の「酒坊~多満自慢」のような好きな仕事にじっくりと時間をかけて取り組みたいという久具さんの思いが伝わってきます。 「お酒もそうですが、やはり発酵の業界には関心があります。発酵は健康維持とも密接に関連しているので、発酵食品を深く知ることは、人々や自分の健康を考えることにもなります。もちろん大好きなお酒(業界)との新たな関わりも模索していきたいです」 「世界には各国各様の発酵食品があります。発酵は文化であり、その国の歴史です。つまり日本の発酵食品は日本独自のものなのです。だから全国の発酵食品文化の発展に関わるような仕事ができるといいですね。そして発酵食品の業界は小規模の事業者が多いので、これからもそういった醸造や発酵業界の小さな顧客の事業開発をお手伝いできれば嬉しいです」 写真:石川酒造の「多満自慢」

取材と文山内 龍介