外から見たニューホライズンコレクティブ 〜小浜酒造「五芒星」が世に出るまで〜

 ニューホライズンコレクティブ合同会社(以下NH)が始動して約1年半。  メンバーの活動領域は広告やキャンペーンの設計などにとどまらず、事業の構想や商品開発、さらには商流の開発など多岐に亘っており、新たな挑戦を続けるメンバーの奮闘ぶりは、このサイトでもCASE(事例)で紹介しています。  ところで、NHメンバーへの仕事の依頼はいつどのように発生するのでしょう? またNHメンバーの仕事は、依頼主や市場からどのような評価を受けているのでしょうか?  今回はメンバー本人による仕事の振り返りではなく、「外から見たNH」に焦点を当ててみようと思います。  主役となるのNHメンバーはクリエーティブディレクターの……あえてX氏としましょう。X氏はこの春、福井県にある小浜酒造の「五芒星」という日本酒のパッケージからコミュニケーション戦略までのデザインを担当しました。彼がこの仕事を引き受けるに至った経緯はどのようなものだったのでしょうか?

太陰暦に則って自然と調和した日本酒を醸造するという構想

 今回の依頼主は、福井県小浜市にある(株)小浜酒造取締役の高岡明輝さんです。首都圏在住のやり手のビジネスマンだった高岡さんは、後継者問題を抱える奥様の実家、福井県にある小さな蔵元を引き継ぐべく、勤め先を辞めて小浜市に移住。既存の酒造事業の承継と新たな酒造業の創造を期して、2016年に(株)小浜酒造を設立しました。  小浜に来てみると、近所のおおい町には由緒正しい神社があり、そのまわりには暦会館などがあることを知りました。その神社は、陰陽師で有名な安倍晴明直系の天文道「土御門家」の系譜を継ぐ総本山「天社宮土御門神道本庁(てんしゃつちみかどしんとうほんちょう)」でした。こちらで編纂される暦(土御門暦)は、現在でも全国の神社神宮に提供されています。  その天社宮では、祈祷をする際などに使用する御神酒に小浜酒造の「わかさ」を使っていました。庁長の藤田さんは高齢にもかかわらず、神事のたびに酒販店まで御神酒を買いに行っている……そんな話を耳にした高岡さんは、神前酒ならこちらからお届けしよう、さらにラベルも含めて御神酒用のお酒を造ろう、と思い立ったといいます。  そこで高岡さんは、土御門暦に基づいて日本酒を造ることを構想しました。 「土御門暦はいわゆる太陰暦です。古来、月の満ち欠けなど天体観測を何百年と続けてきて、日蝕や月蝕といった凶事を予言したりすることで朝廷や幕府に貢献してきたという歴史があります。そして旧暦は農暦(農村で使われる暦)という別名もあり、月の満ち欠けや自然環境の変化を感じながら生きるための暦です。その暦をお酒造りに使ってはどうか、と思い至ったのです」  例えば一部の珊瑚やウミガメの産卵が満月の夜に多いことはよく知られています。釣り好きの高岡さんは釣果でも満月の影響を実感していたといいます。 「その意味では、酵母も水生生物です。何かしらの影響は受けていると思いました」  まず酒母米作りの初蒸しを天赦日かつ天恩日という最強の開運日に行い、その後の仕込み、絞り、火入れなどの全ての行程を満月の日や一粒万倍日という吉日に行うなど、醸造課程はすべて上手くいきました。ところが高岡さんは発売について少し悩んでいたといいます。例えば、「暦」を立てることで顧客を絞り過ぎてしまわないか、といった懸念です。  そこで高岡さんは、旧知の間柄であったNH代表の山口裕二さんに連絡をしました。現在こういうお酒を作っているんだけど、どう思う?

旧知の間柄の何気ない相談から、電光石火の業務受注へ

 NH代表の山口裕二さんは、NHというライフシフトプラットフォームを運営する傍ら、外部からの依頼や相談があるとメンバーを紹介して繋ぐ仕事をしています。しかし立場上、自ら仕事を受注して実施することはしません。その意味で、最も近くからNHメンバーの活動を客観的に見ている人物だといえます。  山口さんが高岡さんから五芒星のコンセプトを聞いたとき、まず「面白い」と直感したそうです。こういった商品には一定のファンがいるから、このコンセプトで世に出すべき、と強く高岡さんの背中を押しました。  実は山口さんは電通の営業時代に、大手酒類メーカーを担当していました。その経験から、よいお酒であればあるほど、飲む前にある程度「味が見える」ものだし、そうあるべきという確信を持っていました。そこで高岡さんに、NHにはパッケージデザインなどを得意とするメンバーも多数いるので、表に出る部分についてはお手伝いできるだろうという話をしたそうです。このとき山口さんの頭の中にはすでに、食やお酒に造詣が深く、アートディレクションが得意なX氏が浮かんでいたといいます。  その会話の2日後には山口さんから高岡さんに「適任者がいる」という連絡が入り、数日後には高岡さんとX氏がリモートで顔合わせをして業務委託を受けるという、まさに電光石火のスピード感で話は進みました。 (写真:山口NH代表)

日本酒造りの計算された仕事と美しい仕事場に魅せられる

 初めてのリモートでの顔合わせからわずか数日後、X氏の姿は小浜市にありました。  かねてよりX氏は、NHでお酒の商品開発をやりたいという気持ちがあったそうです。そして、素材や成分にこだわる商品は多々あれど、製法に徹底的にこだわったところに五芒星の実験的な面白さを感じたといいます。 「すぐに蔵見学に行き、五芒星の最後の仕込みにギリギリ間に合いました。神事すなわち神主さんによる祈祷から始まり、引き続き独特の緊張感の中で仕込みが行われました。とにかくその計算された仕事の手際と美しい仕事場に魅せられました」  蔵元見学の後に訪れた寿司店も非常に印象的だったとX氏はいいます。そこで供されたのは名物の鯖に加えて、小浜の鮪、ヒメコダイ、その他白身魚など。古代より朝廷のための海産物を産する「御食国(みけつくに)」であった小浜の、地勢や自然の変化に育まれた豊かな恵みがそこにはありました。  それら小浜での体験は、今回のX氏の仕事に大きなインスピレーションを与えたといいます。  東京に戻ってから、X氏はありとあらゆるイメージを書き出して検討に入りました。瓶に五芒星を直接印刷するラベルデザイン、さらにボトルに紙垂(シデ)を付けるというアイデア、細密にレーザーカットされた桐箱。  瓶は独特のアール(曲線半径)を持つため、そこに五芒星を直接印刷することは技術的に非常に難易度の高い工程でした。また限定300本という生産ロットの問題などもあり、桐箱のレーザーカットができる事業者はX氏自ら訪ね歩いて探し出したといいます。さらに瓶に取り付ける紙垂(シデ)などの一部は、自らも手を動かして仕上げました。  発売に際してはPRにも一工夫をこらし、通常のPRリリースに加えて、暦や占術などと親和性のある雑誌などにアプローチしたといいます。またECや酒販店での販売に加えて、暦のある暮らしと馴染みのある京都の百貨店での販売も行われる予定だそうです。 (写真:様々な試行錯誤の痕跡が刻まれているホワイトボード)

さて、日本酒愛好家の皆さんの反応は

 ところ変わって、ここは日本橋本石町にある日本酒バーです。店主である女将さんの目利きで日々様々な日本酒が並ぶ人気店ですが、その日は常連客さんが五芒星を持ち込んで試飲会をするという話を聞きつけ、日本酒通の皆さんの感想を聞きに行ってきました。  常連さんが取り囲む中、女将さんが薄い雁皮紙をそっと持ち上げて外すと、見事なまでに繊細にカットが施された桐箱が姿を現し、取り囲む常連さん達からも思わず「おお」と声が漏れます。箱を横に置くと丸いカット部分から月明かりのように光が差し込み、赤い五芒星がうっすらと見えるさまは、まさに神前酒という風情のある佇まいです。  待ちきれない表情で差し出される盃に、女将さんが少しずつ五芒星を注いでいきます。 「思った以上にすっきりしていて飲み口がよく、飽きが来ない」 「普段は日本酒の前にビールから始めるけれど、これはファーストショットから飲めるね」 「ふくよかな味わいが愉しめる。これなら肴(アテ)なしでずっといける」  肴なしでずっといけるとの感想ですが、実は五芒星にはもうひとつこだわりがあります。箱の中には天社宮謹製の土御門暦が同梱されているのです。それを女将さんが取り出して、常連さん達の九星気学を基に今年の運勢を順番に読み上げ、周りの皆さんがそれを囃し立てながら盃はどんどん進んでいきます。これこそ五芒星ならではの「読む肴」といったところでしょうか。  この日、日本橋人形町にあるNH人形町パークにも五芒星が届きました。五芒星は今日が初めてという山口代表にも感想を聞いてみました。 「華やかさとか深みとか酸味とか、日本酒の特徴のどれかが立つというのではなく、全てが調和している感じです。もちろん平均的な味などではなく、全てが充足してかつ均衡している。まさに完全な円とか球体のような味わいを感じました」  ご自身も五芒星を購入したというNHスタッフの川前志穂さんもその味わいを「静かだけどすごく饒舌なお酒」と評します。

外から見たNHの仕事、内側から見るNHらしさ

 最後の締めくくりとして、NHの仕事ぶりやNHらしさについて、今回の3人の登場人物にそれぞれ聞いてみました。まずは今回の主役、X氏です。 「今回は小さな蔵元のチャレンジということで、同じく小さな事業主(NHメンバー)として共鳴するところがありました。例えば元手がなくてもがんばろうという顧客の夢を叶える、あるいは自分も心から面白いと思えるものを一緒に考えることができる、そんな仕事こそまさにNH的なのではないか、そんな印象を持ちました」  そしてNHの身軽さも、仕事をする上での重要な要素だったと振り返ります。 「自分の興味の赴くままに動き、実際に現地で取材できたことが最高でした。やはりリアルな体験や打合せはオンラインとは根本的に違います。企業人と違って個人事業主であるNHメンバーは出張申請などの手続が不要ですから…笑」  NH代表の山口さんは、今回のケースは事業承継の問題や地方におけるマーケティング人材ニーズなど、まさにNHとして取り組むべきテーマだったとした上で、NHらしさをこのように表現します。 「やはり行動量が重要で、ライフシフトで成功する人はすなわち行動する人だということができます。やりきることがNHらしさであり、言い換えればNHらしさとはモチベーションの高さとも言えます。メンバーが電通で経験を重ねてきたスキルと軽やかなフットワークを活かして、今後も各方面の依頼主からのご相談に応えて行きたいと思います」  最後は今回の依頼主である高岡さんです。高岡さんはX氏と仕事をした印象をこう振り返ります。 「多才で個性的。とにかく話しやすくて、フットワークが軽いなあと思いました。蔵では仕込みを見学してもらったのですが、仕込み中は蔵の中全体がピリピリした空気に包まれます。普通は15分も見学すると蔵から出てしまうものですが、X氏は30分も40分も興味津々といった顔でずっと見学していました」 「小さい会社で苦労している立場から見て、NHの人たちはその苦労を共有してもらえる感じがします。背負っている組織もないし、しがらみもない。酒造業界の縛りもないので、ニュートラルではっきりした意見をもらえるのも嬉しいです」  高岡さんはX氏を評し、単発の業務委託先ではなく中長期のパートナーとして考えたいといいます。そこで五芒星をこれからどう進化させていくのか、お二人に訊いてみました。 「天社宮のまわりには古くから天領だった水田があり、それらは田畝の区画すら変えずに現代まで引き継がれています。例えばその田んぼを使って、今度は米作りから太陰暦に則ってお酒を造ってみたいですね(高岡さん)」 「素晴らしいと思います。それならお酒造りに興味のある顧客を連れて、米作りからお酒造りまでの様々な行程を一緒に体験しに行きたい。小浜での農業や醸造課程も含めて、五芒星というお酒を愉しめるような顧客体験をデザインしていきたいです(X氏)」 (写真:X氏) ※ なお、五芒星は小浜酒造のECサイトで数量限定で購入できます(https://obama-sake.com/products/gobosei)