防災とキャンプの絶妙なマリアージュ。楽しみながら備える「防災キャンパー」が動き出す。

「防災キャンパー」という言葉をご存じだろうか。 コロナ禍の影響を受け、人との密な接触を避けられるキャンプは最近のトレンドにもなり各所で取り上げられているが、これと「防災」がどう結びつくのかと一瞬戸惑う。が、すぐに脳内で情景のイメージが線を結び、なるほどと膝を打つのだ。昨今各地で頻発する天変地異や自然災害。その被災地の避難所などに設置される簡易施設や炊き出し、非常食などは、まさに娯楽として我々が楽しむキャンプの装備に相似するものではなかったかと。 「一般社団法人 防災キャンパー協会」で進行中のプロジェクト。「キャンプをしながら楽しく備える」をコンセプトに「防災」と「キャンプ」というこの理にかなったマッチングを鮮やかに演出した人物がいる。ニューホライズン(NH)メンバーの寺尾聖一郎さん。その活動の経緯と狙いについて伺った。

似ているもの同士

「僕自身がアウトドア好きで、千葉のセカンドハウスの庭先でソロキャンプのまねごとみたいなこともしていたのですが、そんなときたまたまサイボウさんから相談があったのです」 と、よく陽に焼けた顔に人懐っこい笑みを浮かべながら寺尾さんは語り始めた。 今回、一連の作業の委託元である株式会社サイボウは防災メンテナンスとプロダクト開発を行なう業界の大手企業。寺尾さんは以前からお付き合いがあったそうで、独立してNHメンバーの立場で仕事をするにあたり、 「広報PRの視点から今後活動をさらに広げていくための打ち手はないか」 と、アイデアを求められたのだという。 「そういえばキャンプの行動って、防災活動に似ているなあと思ったのです。だったら自分たちで『防災キャンプ』というカテゴリーを新しく作って情報を発信していけばよいのではと提案をしました」 キャンプ自体が時流に乗っていることもあり、これとサイボウの防災関連事業をうまくかけ合わせられれば面白いことができそうだし、ニュース性もあると考えた。寺尾さんはさらに言葉をつなぐ。 「いきなりサイボウが防災キャンプを始めるより、別途社団法人を作ってそこを起点に賛助会員を募りつつ輪を広げていったほうが、いろいろな意味で活動に幅と重みを持たせることができるだろうと申し上げたのです」 そうした寺尾さんの提唱により2021年9月に立ち上げられたのが、「一般社団法人 防災キャンパー協会」だった。会では冒頭に記した「キャンプをしながら楽しく備える」のスローガンのもと、実際にキャンプでテント張りをしたり、非常食の試食、簡易携帯トイレの使用を体験させたりしながら、万が一の時に備える啓蒙イベントを定期的に開催している。賛助会員企業は現状8社(2023年2月現在)で、まだまだ今後増えていきそうだとのことだ。

経歴ならではの発想

実はこのような提案を行ったベースには、寺尾さんのある経歴が影響を与えている。 ひとつは「防災士」という資格を氏が取得していたことだ。「防災士」とは日本防災士機構※という団体が発行している認証で「社会の様々な場で防災力を高める活動が期待され、そのための十分な意識と知識・技能を持った人」に与えられるもの。認証のためには検定に合格することも必要だ。もともと防災に対する危機意識を持って取得した資格だが、趣味のキャンプからすぐに防災に結びつく発想が生まれたのもこういった経歴が背景にあったからだろう。 また社団法人化して活動の場を広げようというアイデアも、寺尾さんが持っていた「行政書士」という資格がなければ提示されなかったかもしれない。行政書士についてはご存じの通り国家資格で、毎年の合格率はわずか10%程度と言われる難関。生半可な心構えでは取得できるものではないがこれも自身のキャリアとしていた。そんな彼だからこそ、法人設立の利点に気づき実際の手続きも難なくイメージすることができた。今回サイボウに対し行った最初の業務は、この社団法人化にあたっての行政書士としての登録作業だったというから実にユニークである。 ※日本防災士機構:阪神・淡路大震災の教訓の伝承と市民による新しい防災への取り組みを推進し、日本の防災と危機管理に寄与するために2002年に創立された民間団体。

ラジオパーソナリティ?

このような形で活動の下地作りを施した後、現在寺尾さんはどのような立場で防災キャンパーの発信を行っているのだろうか。インスタグラムといったスタンダードなSNSからの定期的な情報提供は行いつつも 「今、音声配信プラットフォームのstand fmで『防災キャンパーラジオ』という番組を始めています」 といたずらっぽく教えてくれた。筆者は早速その番組を聴いてみたのだが、 「防災キャンパーラジオ!!こんにちは!防災士のテラテラですっ」 とやおら聞き覚えのある音声が耳に飛び込んできた。寺尾さんの声である。なんとラジオのパーソナリティーまで自分で務めているのだ。すでにアップされていた毎回の番組のテーマをみると【火のもとの確認は30秒の指差し確認】、【火災の原因ランキング】、【1月31日は防災農地の日】など、、、。それぞれ3~5分ほどの尺で防災に関する豆知識が網羅できるようになっている。どれも寺尾さんの朴訥な語り口が妙に味わい深い。 番組は実験的な試みとして自分で制作しているということだが、大きな予算をかけずに手作りで行える新しいPR手法として提案し実現した。これも電通在籍時代にエンタテインメント系のコンテンツプロデュースを行ってきた経歴から生まれる発想であろう。 寺尾さんは自分のこれまで培った知見を存分に生かして、ひとつひとつのアイデアがこうして受け入れられ、具現化されることが今の作業の一番の面白さだと目を輝かせる。 「もちろん今までの電通社員時代の背景や経験を知っていてお声掛けいただいた部分も多いのでしょうが、やはりこれまではなんとなく敷居が高いと思われていたようで・・笑」 独立してNHメンバーとなった今の、自由な立場と条件で作業に携われる楽しさを語る。さらにこのプロジェクトについて 「夢があるじゃないですか」 と言葉に熱を込める。自分の経歴や好きなアウトドア活動から、防災の観点で社会に対して貢献ができる可能性に大きな手ごたえを感じているのだ。

防災キャンパーの今後の行方

防災キャンパープロジェクトはこれからどのような展開を見せていくのだろう。 「ひとつは実際に小学校などで子供たちに防災キャンプの啓蒙活動はしていきたいですね。万が一のために備えるわけですけど、子供たちもテントを張ったりするのってきっと楽しんでもらえると思うのです。それと企業に対しても・・・」 ―企業に対して? 「はい。例えば東日本大震災の時に会社員の人たちはみんなこぞって帰宅して、帰宅難民になりました。もちろんやむを得ない人たちが多かったのだと思うのですが、もし会社に残ってキャンプする、という選択肢があったら?とも思うのです。企業単位でそういった備えに対するレクチャーをして、様々な状況下での防災の心構えが広がればそれもよいことだと思うのです」 さらに続ける。 「サイボウは防災関連プロダクトの会社なので、非常食や水に浮くリュックなど直接防災に関連するグッズは開発しているけれど、実はテントや寝袋など通常のアウトドアグッズについては扱っていません。今後は大手のアウトドア関連メーカーと積極的に提携し、商業面も含め様々な形で相乗効果を狙っていければよいと思っています」 と、構想は尽きない。 もともとは趣味だったというキャンプだったが、そこを起点にこれまでのすべてのキャリアがにわかに共鳴するようにして動き出した今回のプロジェクト。これは偶然なのだろうか、必然なのだろうか。 きっと、、、、と筆者は思うのだ。寺尾さん自身が独立というライフシフトに向けて、人生の備えを万全に行ってきたひとつの到達点なのだと。 備えあれば、憂いなし。ただそこにあるのはワクワクする未来なのだろう。 (以下写真:水に浮くリュックを実際に試用する寺尾さん)

ライター黒岩秀行